第7号
   

 

宮沢賢治研究情報誌 『あるびれお通信』  792号  2005.6.3  より一部抜粋

                               田口昭典先生

☆でくのぼう宮沢賢治の会、Vol7
   (中略)
 賢治の妹トシについての特集となった。山根知子は、昨年『宮沢賢治 妹トシの拓いた未知ー「銀河鉄道の夜」へむかってー(2003・朝文社)』で第14回宮沢賢治奨励賞を受賞しているので、トシと賢治の関わりを、語るに最適の方であり、このインタビューは、様々な示唆に富む内容であった。また代表の熊谷えり子が「永訣の朝」三部作について、「永訣の朝」は愛による救い・「松の針」は自然界の愛・「無声慟哭」は決死の愛であると捉え、「……これら三篇の挽歌は真実の愛を捕らえた作品であり、それゆえ普遍性をもったすぐれた詩歌である。……ぜひ言いたいのは、親しい愛する人と死別した人にこの挽歌を読んでもらい、悲しみから立ちあがり、皆の幸福のために生きる大きな愛に生きる本当の生き方を知ってもらいたいということだ、」と結んでいるが、全く同感である。優れた文学作品は、人に生きる力を与えるものであることを痛感する。
 「輪読会」では、テープ起こしで、会の模様が臨場感溢れる記録となっている。
「研究発表」も、特集に相応しい充実したものであった、特に心霊学との関わりについての論及は参考になった。

 
第4号
   
宮沢賢治情報誌 『あるびれお通信』  695号  2003.7.25  より一部抜粋

                               田口昭典先生

目次は次の通り、
   (略)
 宮沢賢治の輪読会というと、童話を取り上げる事が多い、私が関係した六箇所の賢治の会では全部童話に因んだ作品を取り上げている。たとえば盛岡の賢治の会では、平成元年から十五年かけて、筑摩書房の文庫版全集の5巻から8巻まで読み終える所である。
 賢治の詩本人が「心象スケッチ」と称していて、その時の賢治の心象に寄り添わなければ理解しにくい、その時の心象にマッチした用語が次々と出てきて、いみじくも佐藤惣之助が「彼は気象学、鉱物学、植物学、地質学で詩を書いた」と述べた通りである。賢治は心象を表現するのに、彼の語彙の中から最適のものを選んでいるが、読者にとっては難解である。この会ではその難解な詩を取り上げて読んでいる。しかも「真空溶媒」「小岩井農場」を取り上げて、賢治の思想に肉迫している。前回同様会の全体が「テープ起こし」によってはっきり分かるのである。
 私は賢治が霊的な感応を受けた場所が「岩手山」「早池峰山」「種山ケ原」の三ヶ所であると思っている。熊谷えり子は、その種山ケ原をテーマとした歌曲に取り組んで、その核心に迫っている。種山ケ原には他に「剣舞の歌(「種山ケ原の夜の歌〔二〕)「牧歌」(「種山ケ原の夜の歌〔三〕)などがあり、賢治の種山ケ原に寄せるなみなみならぬ関心がうかがわれる。
 個人発表コーナーも充実している、特に「宮沢賢治――その霊的検証」に注目したい、拙著「縄文の末裔・宮沢賢治(無明舎出版1993)」では「シャーマンとしての賢治」の一章を設けて、賢治の心霊感応のケースを述べているが、この発表はそれを補強している様で、次回の掲載が楽しみである。

 
第3号
   

 

「でくのぼう 宮沢賢治の会」会誌への大きな期待

神奈川県鎌倉市 渡部俊彦さん
 

 こちらの会の雑誌は、毎号むさぼるように読んでいます。一度読んでは、二度読み、または、線を引いたりしながら…。なぜでしょう。理由が二つ思い浮びます。一つは、代表の熊谷えり子さんの文章や発言を読むことができるからです。もう一つは、賢治の文章を研究対象としてではなく、賢治の願いを実現しようとして読み込んでいく人達に触れられるからです。
 賢治の作品は私にとって、多くが難解でした。理解できないのです。熊谷えり子さんのような優れた案内人無くしては、その世界に近づき、味わうことはなかったろうと思っています。熊谷さんの文章、言葉を読むたびに、賢治の心や息づかいが自分なりにですが、感じられるような気がするのです。
 読書会での対話にも臨場感があり、ぐいぐい引き込まれてしまいます。創刊号の「どんぐりと山猫」を読む会での記録内容は、私にとって衝撃的でした。この作品に出てくる「ばかで、めちゃくちゃで、まるでなっていないようなのが、いちばんえらい」という言葉が、デクノボウを表現しているという発言がありました。最初はこれに納得できませんでした。ですが、徐々にこの解釈に傾いて行きました。これも、会に出席される方たちの真摯な気持ちがあったから、このような作品理解ができたのでしょう。
 個人的に興味を持っているテーマに、「自然音楽は第4次元芸術である」というものがあります。これについて会の方はどう思われるでしょうか。これについても、解明して頂きたいです。これからも「未来圏からの風」が、「どっどど どどうど どどうど どどう」と吹く紙面作りに期待しています。(未来圏からの風は、どのように吹くのでしょうか?)

 

 
第3号
   

 

あるびれお通信669号  (2003.1.24 発行 )より 一部転載

田口昭典先生より紹介頂いた記事

でくのぼう宮沢賢治の会 第三号

代表の熊谷えり子の巻頭言に『宮沢賢治の作品は、汲めども尽きぬ宝物でいっぱいです。/私たちは作品を読み味わう最上の喜びを享受すると共に人間の本当の生き方や世界がぜんたい幸福になる方法をそこから学びたいと思いました。/とてもささやかなデクノボー志願者の集いですがここにはいつでも気持ちのいい風が吹いています。ですから/「どなたもどうかお来し下さい。決してご遠慮はいりません」』この言葉が、この会の性格を表していると思う。五月に発行した第二号にも増して内容が充実し、頁数も増えている。

読書会の記録を録音しテープ起こしをし、記録するというユニークな方法は今回も踏襲されている。これから読書会でこの作品を取り上げようという向きには良い参考になると思う。ライブ・リーディング・セラピーもすばらしい、このような形で賢治の世界が広がることを、賢治も喜んでいると思う。観客のアンケートからも、喜びが伝わって来る。
二件の個人発表もよく調査されていて、私も初めて知った事実もあり、資料として貴重である。

 

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